【聖嶺鳳学園物語】1章試し読み・前編
聖嶺鳳学園物語のお試しとして、物語を読んでみたいという方向けの記事です。

聖嶺鳳学園
「……天城様なら……問題、ない……」
放課後の屋上。
世界を赤く焼き尽くすような夕焼けの中、一人の獣人が祈りを捧げていた。
その首には、不釣り合いな鎖付きの首輪。
冷たい鉄の感触を確かめるようにそっと手を当て、ただ一人の無事を願う。
ふと顔を上げ、開かれた瞳が映したのは、どこまでも続く遠い空だった。
聖嶺鳳学園特別棟
聖嶺鳳学園、特別棟A館教室。
そこに集められたのは、無作為に選ばれた10人の生徒たちだった。
カーテンの閉め切られた室内は、逃げ場のないほどに薄暗い。
澱んだ空気と、これから始まる「何か」への予感に、数人の生徒が怯えたように肩を震わせていた。
だが――その異様な光景の中にあって、一人、異彩を放つ男がいた。
学園の「王」と称される男、天城リョウ。
ただそこに居るだけで周囲を圧する、絶対的な覇気。
彼は怯える者たちを嘲笑うかのように、低く愉しげな声を漏らした。
「はは、楽しみだな……」
独り言を呟き、壁にもたれかかる。
不遜に組まれた腕は、この異常事態すら彼にとっては遊戯に過ぎないことを物語っていた。
『――それでは、定刻となりましたので。聖嶺鳳ゲームを開始いたします』
静寂を切り裂いたのは、感情の欠落した無機質なアナウンスだった。
同時に、教室のプロジェクターが青白い光を放ち、スクリーンを照らし出す。
『参加者の皆様は、ご自身のプレートの前に置かれたスマートフォンを一台お取りください』
促されるまま、生徒たちが恐る恐る机へと歩み寄る。
リョウはそれを見届け、人波が引いたタイミングで悠然と、自らの端末を手に取った。
『スマートフォンの画面は、決して他者に見せてはいけません。違反した場合は――即座に失格となります』
その警告に従い、誰もが身を隠すように画面を覗き込む。
リョウもまた、手の中の端末に視線を落とした。
自動で起動した画面。
ノイズ混じりの発光が収まった後に表示されたのは、おどろおどろしい「赤」だった。
『あなたの陣営:ゾンビ』
鮮血のような色に染まった画面を見つめ、リョウは無言で視線をモニターへと戻す。
『今回のゲームは――【CONTACT -接触感染ゲーム-】』
非情な宣告と共に、ゲームの幕が上がる。
「本ゲームの参加者は、
『ゾンビ』
『医療』
『一般人』
『狂人』
以上四種類の役割へランダムに振り分けられます。」
「現在の自身の役割は、
配布されたスマートフォン端末より確認可能です。」
「なお、
スマートフォン画面を他者へ見せる行為は禁止されています。
接触ログ、
役割表示、
ワクチン使用履歴など、
端末情報の共有が確認された場合、
該当者は失格となりますのでご注意ください。」
「ただし、
口頭による情報共有は禁止いたしません。」
「その情報を信じるかどうかは、
皆様ご自身でご判断ください。」
「本ゲームは全4ターン制となります。」
「各ターン終了時、
感染処理が実行されます。」
「また、
ターン終了後には、
モニターへ現在の感染者数が表示されます。
ただし、
感染者の氏名は公開されません。」
「本ゲームにおける“接触”とは、
参加者同士による握手を指します。」
「握手を行った場合、
双方のスマートフォン端末へ接触ログが記録されます。」
「なお、
ログの閲覧は本人のみ可能です。」
「また、
全ての参加者は、
各ターンにおいて必ず一度、
他者と接触しなければなりません。」
「接触相手は、
前ターンとは別人物である必要があります。」
「同一人物との連続接触は禁止です。」
「接触が行われなかったプレイヤーは失格となります」
「それでは、
各役割についてご説明いたします。」
「まず、
ゾンビについてです。」
「ゾンビは、
接触した相手を感染させる事ができます。」
「感染は即座には発覚いたしません。
ターン終了後、
感染状態が本人の端末へ通知されます。」
「また、
感染した一般人は、
感染媒体となります。」
「感染媒体となった一般人が、
未感染の一般人と接触した場合、
その相手も感染します。」
「ただし、
接触相手がワクチン接種済みであった場合、
感染は発生いたしません。」
「ゾンビは発症を遅らせる潜伏感染を利用することが出来ます。
潜伏感染で感染した一般人はそのターンの結果に反映されることはありませんが、次のターン開始時から感染状態となります。」
「ゾンビ側の勝利条件は、
ゲーム終了時点において、
一般人五名のうち、
四人以上を感染状態にする事です。」
「続いて、
医療についてご説明いたします。」
「医療は、
接触した相手へワクチンを投与する事が可能です。」
「ワクチンを接種した人物は、
次ターン終了時まで、
感染を防ぐ事ができます。」
「ただし、
ワクチンを使用できるのは、
一ターンにつき一名のみとなります。」
「また、
既に感染している人物へ使用した場合、
効果は発生いたしません。」
「医療には、
ゲーム全体を通して一度のみ、
『特効薬』を使用する権限があります。」
「特効薬は、
接触した相手へ使用可能です。」
「対象がゾンビであった場合、
そのゾンビはターン終了後脱落します。」
「対象が感染済みの一般人であった場合、
感染は治療され、
未感染状態へ戻ります。」
「また、
特効薬によって治療された一般人は、
追加勝利条件を獲得します。」
「ただし、
未感染の一般人へ特効薬を使用した場合、
誤使用となります。」
「誤使用された一般人は、
以降ワクチンによる感染防御を受け付けなくなります。」
「その人物へワクチンを投与しても、
感染を防ぐ事はできません。」
「なお、
狂人へ特効薬を使用した場合、
効果は発生せず、
特効薬のみ消費されます。」
「医療側の勝利条件は、
ゲーム終了時点において、
感染者数を四人以下に抑える事です。」
「最後に、
一般人および狂人についてご説明いたします。」
「一般人に特殊能力は存在しません。」
「一般人側の勝利条件は、
ゲーム終了まで、
一度も感染せずに生存する事です。」
「狂人は、
一般人と同様の行動ルールで行動します。」
「ただし、
狂人は感染しません。」
「ゾンビと接触した場合でも、
感染状態にはなりません。」
「また、
医療と接触した場合にも、
特別な変化は発生いたしません。」
「狂人側の勝利条件は、
ゾンビ陣営を勝利へ導く事です。」
「――以上が、
本ゲームの基本ルールとなります。」
ルール説明が終わると、プロジェクターは息絶えるようにその光を失った。
再び訪れる薄暗がりのなか、静寂を破ったのは困惑と悲鳴に近い声だった。
「ど、どういうこと……!? 意味が分からないわよ……!」
「そうだよね……入学して早々、こんなのって……っ!」
寄り添い合い、不安を吐き出す二人の生徒。
その震える背中に、凛とした、しかし冷ややかな声が突き刺さる。
「……分からないかしら?」
声の主は、青く澄んだ髪を緩いウェーブのボブに整えた女子生徒だった。
壁にもたれるリョウは、そのやり取りを冷めた横目で見つめる。
「勝つために、相手を欺く。敗北してSSPがマイナスになれば、待っているのは退学。……それだけのことよ」
「……っ。それすらも、よく分からないんですが……」
「無知にも程があるわね。今年の一年生は一体どうなっているのかしら。ここは、選ばれた者だけが集う聖嶺鳳学園……ある程度の知能がなければ、門を潜ることすら叶わないはずなのだけれど」
氷の刃のような一言。
言われた一年生たちは、返す言葉もなく肩を落とした。
そんな教室内の温度を置き去りにするように、ふたたび無機質なアナウンスが響き渡る。
『それでは、第一ターンを開始いたします。制限時間は10分』
リョウが手元のスマホへ視線を落とすと、画面上部で非情なカウントダウンが刻まれ始めていた。
彼は端末をポケットへと滑り込ませ、獲物を定めるように部屋全体をゆっくりと見渡す。
聖嶺鳳学園特別プログラム――SSPを賭けたゲーム。
今、幕が静かに、そして確実に上がった。
「女子生徒A、一般人……だよね?」
女子二人組の一人、女子生徒Bが隣に立つ大人しそうな相方、女子生徒Aの顔を覗き込む。
その瞳には、親友を疑いたくないという願いと、裏切りへの恐怖が混在していた。
「え、う、うん……女子生徒Bちゃんは?」
「一般人よ。信じて」
震える声で確認し合う二人。
女子生徒Aがおずおずと口を開く。
「じゃ、じゃあ、私達二人で接触すれば、このターンは感染しない……?」
「……ええ、大丈夫だと思う。少なくとも、他の誰かと組むよりは」
「……私、女子生徒Bちゃんの事……信じてるから」
意を決したように、二人はそっと手を重ね、軽く握手を交わした。
それを冷ややかな目で見つめていたのは、学園の猛者の一人、セイカである。
「仲が良いのね。……どちらかが嘘をついていたら、その関係は一瞬で崩壊するというのに」
セイカの唇から、嘆きとも嘲りとも取れる溜息が漏れる。
「私達、入学する前からずっと親友なんです。こんなゲームごときで、私達の絆が壊れるわけありません!」
美咲が鋭く言い返すが、セイカはただ口角を吊り上げるだけだった。
「そう。せいぜい足掻いて生き残りなさい? この学園は外の世界とは切り離された、独自のルールが支配する檻なの。先輩として忠告してあげるわ」
セイカの瞳に、獲物を追い詰める肉食獣のような光が宿る。
「友情なんて、この学園には最初から存在しないも同然よ……?」
「っ……!」
二人は言葉を失い、蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くす。
「あら、ごめんなさい。怖がらせてしまったかしら?」
ふふっと上品に笑い、口元に手を添えるセイカ。
だが、その目は全く笑っていない。
震える「子犬」を愛でるような、狂気を孕んだ眼差しだ。
「い、行こ! この人に関わっちゃダメ!」
美咲は弾かれたように咲良の手を引き、逃げるようにその場を去っていった。
一人残されたセイカは、彼女たちの背中を見送りながら、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「せっかく、仲良くなれると思ったのに」
そこへ、足音が近づいてくる。
「随分と楽しそうじゃないか、セイカ」
低く落ち着いた声。セイカが振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたリョウが立っていた。
「あ、天城君……。いえ、いまや『学園の王』と呼ぶべきかしら?」
「そんな呼び方はしなくていいさ。なりたくてなったわけじゃない」
リョウは辟易とした様子で肩をすくめた。
「でも、天城君。貴方は事実上のSSPトップ。そんな『王』が、こんな平場のゲームに参加しているなんてね」
「仕方ないだろう。参加者は無作為に選出される。俺だけ特別扱いはされないさ」
「生徒会やSSP管理委員会に一言言えば、いくらでも回避できたはずでしょう?」
「そんな野暮なことはしたくない。この理不尽なゲームを楽しむのも、また一興だろう?」
自信に満ちたリョウの態度に、セイカは呆れたように首を振る。
「……呆れた。こっちは退学がかかっているというのに、余裕ね」
「セイカ、お前だってSSPは低くないだろう?」
「ええ。でも常に緊張感は持っていたいの。じゃないと、一瞬で底辺まで転落するのがこの学園の常……でしょう?」
リョウは満足げに頷き、本題を切り出した。
「ああ、その通りだ。……で、どうだ。俺と『接触』しないか?」
「天城君と?」
「他に当てがあるならそちらを優先して構わないが、残り時間は少ないぞ」
セイカが慌ててスマートフォンを確認する。
10分あったタイマーは、いつの間にか残り2分30秒を切っていた。
「……話しすぎたわね」
「どうする? 賭けてみるか?」
リョウが差し出した手を見つめ、セイカは短く息を吐く。
「……ええ。時間もないし、乗りかかった船だわ」
セイカの手が、ゆっくりとリョウの手を握る。
直後、二人のスマートフォンに『接触完了』の無機質な通知が届いた。
「一応聞いておくけど、貴方……ゾンビじゃないわよね?」
「さあ、どうだろうな」
リョウは煙に巻くような笑みを浮かべた。
「……まあいいわ。例え感染したとしても『特効薬』がある。医療陣営の人間を見つけて、金で動かせば済む話よ」
「そう簡単にいくか?」
「ええ。言ってなかったかしら? 私、国内最大手製氷メーカーの社長令嬢なの。……言いたいこと、わかるわよね?」
「金をちらつかせる、か。相変わらずだな」
リョウが呆れるのを余所に、セイカは優雅な足取りでその場を去っていった。
残されたリョウは、彼女の背中を見守りながら、小さく独りごちた。
「……金で済めばいいがな」
一方、教室の隅では、別の駆け引きが行われていた。
「あ、あの……良ければ僕と、接触してくれませんか……?」
一人で佇んでいたダイチの背中に、おどおどとした男子生徒が声をかける。
ダイチはゆっくりと振り返り、完璧に計算された「優しい先輩」の仮面を被った。
「え、僕と? いいの?」
「は、はい。誰でもいいから接触したくて……脱落だけは、どうしても避けたいんです……」
必死に縋るような少年の言葉に、ダイチは柔らかく微笑み、手を差し出す。
「うん、いいよ。僕と接触しよう」
「あ、ありがとうございます……!」
男子生徒が安堵の表情を浮かべ、ダイチの手を握ろうとした瞬間――。
ダイチは、するりとその手を引っ込めた。
「……その前に一応確認だけど。君、ゾンビじゃないよね?」
声の温度が、一気に数度下がる。
ダイチの瞳が、獲物を検分するように細められた。
「は、はい……。い、一般人です……」
「本当かなぁ? もしかして医療陣営、あるいは……狂人とか?」
「……ゾ、ゾンビじゃないことだけは確かです……」
冷や汗を流す少年を、ダイチはねっとりとした視線で観察する。
「ふーん……。あのさ、僕には正直に言ってよ。君、一年生でしょ? 嘘をついてもすぐにバレるよ?」
「そ、そうですけど……言わなきゃダメですか……?」
「教えてくれたら、僕の正体も教えてあげる。……味方になれば、僕が君を最後まで守ってあげるよ」
ダイチは少年の頭を優しく撫でる。その甘い誘惑に、極限状態の少年はついに折れた。
「……い、医療陣営です」
その瞬間、ダイチの口角が吊り上がる。
少年には見えない角度で、狂気に満ちた笑みがこぼれた。
「ありがとう。教えてくれて助かったよ。……じゃあ、今この場で『ワクチン』を僕に使えるよね?」
「は、はい……使えます」
ダイチは少年のスマートフォンを覗き込み、設定を促す。
「接触する前に確認して正解だった。君が僕にワクチンを使ってくれれば、僕は次のターンでの感染を確実に防げる。ゾンビ陣営が潜伏を使用していても、これで安心だ」
「……頭、いいんですね」
「頭が良くないと、この学園では『餌』になるだけだからね。SSPがマイナスになれば即退学。階級制度がある以上、ポイントこそが命だよ」
ダイチの言葉に、少年は戦慄する。
「か、階級制度……?」
「そう。下の階級に落ちたら、それはそれは惨めな目に遭うから。覚悟しておいた方がいいよ」
無邪気なまでの残酷さで笑うダイチ。少年は震える手でスマートフォンを操作し、ワクチンをダイチに使用した。
「……設定、終わりました」
「うん、お利口さんだね」
ダイチは少年の手を強引に掴み、握手を交わす。
接触完了の通知が響き渡る。
「ありがとう。君が勝てるように、僕がたっぷり『教育』してあげるからね」
「ありがとうございます……!」
「ただし……」
ダイチは少年の耳元に顔を寄せ、凍り付くような声で囁いた。
「君は今この瞬間から、僕の『奴隷』ね」
「っひ……!」
逃げられない恐怖。少年の腕に、ダイチの指が食い込む。
「と、ところで…その…先輩の陣営は……」
「あぁ~。」
ダイチはわざとらしく思い出したかのように口を開くと、
「勿論一般だよ」
笑顔で言うのであった。
その時、第一ターンの終了を告げるブザーがけたたましく鳴り響いた。
教室前方のプロジェクターが光り、結果が表示される。
【第一ターン:感染者数 0】
「ほう……」
予想外の結果に、リョウは独り、興味深げに呟いた。
第一ターンの終了を告げるブザーの余韻が消え、教室内には束の間の休息――5分間のインターバルが訪れた。
しかし、それは決して安息の時間ではない。
次の地獄へ向けた、静かな策謀の時間だ。
リョウは壁に背を預け、先ほどプロジェクターに表示された文字を反芻していた。
(……感染者数、0)
「確かに俺はセイカと接触した。それで感染者が出なかったということは……」
リョウは腕を組み、脳内の盤面を整理する。
このゲームにおいて、ゾンビである自分が接触して感染が起きないパターンは限られている。
「相手がゾンビ、狂人、あるいは――医療陣営か」
その3つの中で、最も有力なのは医療陣営だ。
だが――
「そんなに思い詰めた顔をして、どうしたのかしら?」
思考の海をかき消すように、涼やかな声が響く。
顔を上げると、そこには優雅に歩み寄るセイカの姿があった。
「セイカか……」
リョウが思考を切り替え、真っ直ぐに彼女の瞳を射抜く。
「ちょ、ちょっと……! いきなり女の子の目をじっと見るのは反則よ……!」
不意を突かれたのか、セイカがわずかに頬を染めて視線を逸らした。
「ああ、すまない。」
リョウの言葉に、セイカはすぐに平静を取り戻し、不敵な笑みを浮かべる。
「なあ、セイカ。お前の陣営は何だ?」
直球すぎる問い。
駆け引きを抜きにしたその言葉に、セイカは気品あふれる仕草で髪をかき上げた。
「教えてあげてもいいけれど。その代わり、私を勝たせてくれるかしら?」
「……そうだな。俺と同じ陣営なら、考えてやるさ」
あえて含みを持たせたリョウの返答に、セイカは「ふふっ」と喉を鳴らす。
「……焦らすわね、天城君。でも、貴方に焦らされるのは……嫌いじゃないわ」
セイカは一度言葉を切り、リョウの耳元に顔を近づけた。
吐息が触れるほどの距離で、彼女は囁く。
「私の陣営は……――やっぱり、教えてあげない」
「そうか。お前らしいな」
期待を裏切らない答えに、リョウは肩の力を抜く。
セイカは満足げに身を翻すと、窓際へと歩いていった。
「まあ、せいぜいお互い頑張りましょう?」
窓枠に寄りかかり、外を眺める彼女の背中を見送りながら、リョウは小さく呟いた。
「言わないということは、やはり他者に知られたくない陣営……ゾンビの可能性が高いか。まぁ、目を見ればわかるさ」
その時、第二ターンの開始を告げる無機質なチャイムが鳴り響く。
リョウが手元のスマホに目を落とすと、無慈悲なカウントダウンが既に始まっていた。
「さて、俺がとるべき行動は……」
自身の正体を隠しつつ、獲物を探す。
狙うべきは、まだワクチンを接種していない「一般人」。
リョウの視線は、教室の端で固まっている女子生徒二人組に定められた。
一方、教室の反対側では、ダイチが静かに獲物を追い詰めていた。
「ねぇ、君。僕と接触してくれないかな?」
背後に怯える男子生徒A(奴隷)を引き連れ、ダイチは一人でいた男子生徒Bに声をかける。
「僕……?」
「うん。僕はただの一般人。この子がそれを証明してくれるよ」
ダイチが促すと、男子生徒Aは震える声で言葉を絞り出した。
「……た、多分……本当です。先輩が嘘をついているかどうかは、特効薬を使えばわかると思いますから……」
「ふーん。君、医療陣営なんだ?」
男子生徒Bが疑わしげに目を細める。
「……はい」
「僕はね、さっきのターンでワクチンを接種しているんだ。だから君に感染するリスクはないんだよ。」
ダイチの完璧な「善人」の演技。
だが、男子生徒Bも馬鹿ではなかった。
「……でもさ、二人が最初から結託しているゾンビ陣営って可能性は?」
「ははっ、鋭いね。でも、この人数で、第1ターンからゾンビ同士が遭遇する確率なんて、極めて低いと思うよ。そんな無駄な心配をするより、確実に安全な僕と組んでターンを消化する方が賢明だと思わない?」
「……まあ、それもそうか」
ダイチの流暢な弁舌に、男子生徒Bは毒気を抜かれたように手を差し出した。
「分かったよ。いいよ、接触しよう」
「ありがとう。助かるよ」
握手を交わした瞬間、スマホに『接触完了』の通知が届く。
用が済むなり、ダイチは冷淡な顔に戻り、男子生徒Bに背を向けた。
「OK。じゃあ、僕たちはこれで」
ダイチは男子生徒Aの肩を掴み、強引にその場を離れる。
人気のない場所まで来ると、男子生徒Aが縋るような声を上げた。
「僕は……僕は次、誰と接触すればいいんですか……?」
「君はね……そうだね。あそこにいる女子生徒と接触してきなよ。もちろん、彼女にワクチンを打つんだよ?」
ダイチが指差したのは、不安げに周囲を見渡している女子生徒Aだった。
「あ……あの人、同じクラスの人だ……」
「へぇ、好都合じゃないか」
「……い、一応、声はかけてみます」
弱腰な態度に、ダイチの目が冷酷に光る。
彼は少年の肩を強く掴み、耳元で低く突き放した。
「『一応』じゃダメだよ。確実に接触して、彼女にワクチンを捧げるんだ。それが君が僕の役に立てる、唯一の手段なんだから。分かってるよね?」
「そ、そうですよね……分かりました、行きます……」
もはや逆らう気力も残っていないのか、男子生徒Aはフラフラとした足取りで女子生徒Aのもとへ歩き出した。
それを見送るダイチの唇には、醜悪な笑みが浮かんでいた。
その頃、リョウは標的の女子生徒二人組の前に立っていた。
「やぁ、初めまして」
「あ……えっと……」
学園の王の登場に、二人は目に見えて動揺する。
「良ければどちらか、俺と接触してくれないだろうか?」
リョウはあくまで物腰柔らかに、紳士的な態度で提案した。
「ど、どうして私達に……?」
女子生徒Aが、不安を隠せない様子で問い返す。
「どうしてって……」
リョウはわずかに目を細め、獲物を油断させるための「嘘」を、さも真実であるかのように紡ぎ出した。
「二人なら、裏表がなくて信用できそうだからな」
「……え、それって、どういうことですか?」
リョウは小さく笑う。
「人間は一人になると、不安に耐えられなくなる。」
「だから嘘をつく。疑う。裏切る。」
静かな声だった。
責めるようでもなく、
ただ事実を語るような口調。
「だが、二人でいる人間は違う。」
「互いに“自分は大丈夫だ”と思い込めるからな。」
少女たちは顔を見合わせる。
その瞬間だけ、
ほんの少しだけ安心した。
自分たちは、
一人ではないのだと。
リョウはそんな二人を見つめたまま、
ゆっくりと手を差し出す。
「だから俺は、そういう関係を信用している。」
「……安心できるだろう?」
その言葉に、
女子生徒Bは迷いなく頷き、手を取る。
――接触完了。
少女たちはまだ知らない。
自分たちが今、
“安心できる相手”を選んだのではなく。
“感染を受け入れられる相手”を、
自ら選んでしまったことを。
その後背後から、一つの足音が近づいてくる。
「あ、あの……! 同じクラスの、男子生徒Aです。僕……医療陣営なので、ワクチンを打てます……!」
寄ってきたのは、先ほどまでダイチの傍らにいた少年だった。
その突然の告白に、女子生徒Aが困惑したようにスマホを見つめる。
「え……? でも、私、もうこの人と接触しちゃったよ……」
「あぁ、そうなんですね……」
男子生徒Aは、あからさまに肩を落とした。
だが、もう一人の女子生徒Aが身を乗り出す。
「待って、私ならまだ空いてるわ! 私に打って!」
「あ、ありがとうございます……!」
救いを見つけたような顔で、男子生徒Aは女子生徒Bと握手をする。
その様子を冷徹な目で見つめていたリョウが、静かに、しかし逃げ場のない声で問いかけた。
「……君。本当に医療陣営なのか?」
「ひっ……! は、はい。間違いありません。僕はさっき、あの……先輩にワクチンを打ちました。先輩が『自分は一般人だ』って仰ったので……」
接触できた安心感からか、少年はペラペラと内情を漏らしていく。
それが情報の命取りになることも知らずに。
リョウの口角が、他人からは見えない角度で、わずかに吊り上がった。
「……本当に、あの三影ダイチが一般人だと断言できるのか?」
リョウが一歩、少年のパーソナルスペースに踏み込む。
「え……?」
「考えろ。あいつの言葉を鵜呑みにしていれば、取り返しのつかないことになるぞ。もし……あいつがゾンビ陣営だったら、どうするつもりだ?」
「……えっ? で、でも、先輩は……」
「いいか。あいつが君にワクチンを打たせたのは、善意じゃない。自分の『保身』か、あるいは――」
リョウは芝居がかった仕草で声を低くした。
「ワクチンをあえて自分に使わせることで、他の一般人を守るためのリソースを削る……いわば、医療陣営を無力化するための『囮作戦』だとしたら?」
リョウの流暢な弁舌は、毒のように少年の思考に染み込んでいく。
男子生徒Aの顔色はみるみるうちに土気色へと変わっていく。
自分が信じていた「救い」が、実は自分を破滅へ導く「罠」だったのではないか――その疑念が少年の心を支配した。
「あ……ああ……そんな……」
絶望に震える少年の肩に、リョウが優しく手を置く。
まるで慈悲深い救世主のような手つきで。
「大丈夫だ。まだ、挽回する道はある」
「え……? 本当ですか……?」
縋るような瞳で見上げてくる少年に、リョウは極上の笑みを向けた。
「次のターンで『切り札』を使えばいい」
「切り札……。……そうか! 特効薬!」
「ああ。ゾンビ一人を確実に排除できれば、戦局は一気にこちらに傾く」
「……はい! 僕、やってみます!」
リョウのアドバイスを、少年は「天啓」であるかのように受け入れた。
女子生徒たちもまた、凛々しく助言するリョウを信頼の眼差しで見つめている。
この場にいる全員が、忘れていた。
――リョウ自身が、まだ一度も「自分の陣営」を口にしていないことを。
そして、彼が提案した「特効薬による排除」が、もし無実の他の陣営に向けられれば、それはゾンビ陣営にとって最高の勝利への近道になるということを。
リョウは暗い愉悦を胸の内に秘め、狂い始めた盤面を静かに眺めていた。


